東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1004号 判決 1981年4月06日
控訴人 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 伊藤銀蔵
同 田代和則
被控訴人 岩崎とし子
同 小宮山高子
右両名訴訟代理人弁護士 浅野義治
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(控訴代理人の陳述)
一 本件土地はもと控訴人先代太一の所有であったところ、同人及びその妻の死亡後相続人である控訴人及び訴外人ら間の遺産分割協議により、控訴人が本件土地所有権を取得した。そして控訴人は被控訴人らに対しその主張の売買契約に基づき既に本件土地の所有権を移転し、所有権移転登記及び引渡を了しているから、履行不能を生ずる余地はない。
二 被控訴人ら主張の相続権回復等請求訴訟において、控訴人は不本意にも一審、控訴審ともに敗訴し、本件土地が控訴人及び訴外人らの共有とされたが、右訴訟は控訴人の上告により現在最高裁判所に係属中であるから、控訴人の敗訴に確定した訳ではなく、本件土地について既に控訴人が履行した契約上の権利を一部もしくは全部失い、または他人の権利であることが確定し、かつ判明したものではない。
三 また仮に、控訴人が前記訴訟において上告棄却となり、本件土地について控訴人の八分の一の持分以外の権利移転の無効が確認されたとしても、右は財産分割が行われない前の段階に復帰するのみであり、各相続財産に対する各共同相続人の持分は遺産分割前においては観念的・抽象的・流動的なものにすぎない。したがって、右の場合において、控訴人は将来の遺産分割により本件土地につき単独でその所有権を取得することによって、被控訴人らに完全なる所有権を取得させることは充分に可能である。また被控訴人らは民法九〇九条但書に定める第三者たる地位にあり、将来の遺産分割においてもその権利は充分に守られるべき地位にある。
したがって、被控訴人らに完全なる本件土地所有権を取得させるべき控訴人の債務は未だ履行不能の状態にはない。
四 被控訴人らは、控訴人が正当な判決を受けるべく訴訟を進行中であるにもかかわらず、したがってまた、右に述べたように控訴人の債務が履行不能に至ったものではないにもかかわらず、控訴人には無断で自らの選択により訴外人らと和解をしたのであるから、右和解金等の支払については因果関係を欠き、控訴人に対し右和解金等について損害賠償請求をなすことは許されない。
(被控訴代理人の陳述)
一 控訴人の陳述一のうち、控訴人が遺産分割協議により本件土地所有権を取得した事実及び履行不能を生ずる余地はないとする主張は争う。
二 同二ないし四の主張は争う。
(証拠の関係)《省略》
理由
一 当裁判所も被控訴人らの控訴人に対する各請求は、原判決が認容した限度において正当として認容し、その余は棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は次のとおり付加訂正するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。
原判決八枚目裏一行目「供述するが、」を「主張し、その本人尋問において右と同趣旨の供述をしているが、」と改め、同行目「前掲各証」から同六行目「検討するに」までを削り、同九枚目表二行目「争いがない。」を「争いがない事実であり、前掲各証拠によれば、右訴訟においても控訴人は本件遺産分割協議の成立を主張しそれが斥けられたことが認められ、このような経緯の下において、しかも右主張事実の裏付けとなる確たる証拠の提出がない本件においては、前掲各証拠を排斥し、ひとり控訴人の供述のみをもって控訴人主張の事実を認めることはできず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。控訴人は右訴訟は控訴人の上告により最高裁判所に係属中であり、控訴人敗訴の右判決は確定した訳ではないと主張するが、仮にそのような事実が認められるとしても、本件において右のように認定することの妨げとなるものではない。」と改め、その次に行を改めて「ところで、右に説示したとおり控訴人主張の本件遺産分割協議の成立を認めるに足りない以上、本件土地は右訴外人ら七名及び控訴人が共同相続したものであって、その八分の七の持分は右訴外人ら七名に属するものと認めざるを得ない。そうだとすると、控訴人は本件土地のうち八分の七の持分については、他人の所有物を被控訴人らに売却したことに帰着するから、控訴人は右訴外人らから右持分を取得して被控訴人らに移転する義務を負ったものというべきである。」を加え、同表三行目冒頭から同八行目「八月ころには」までを「三 次に被控訴人らは控訴人の右持分権移転義務は履行不能となった旨主張するので判断する。民法五六三条にいう「売主カ之ヲ買主に移転スルコト能ハザルトキ」とは、絶対的不能を指称するものではなく、取引の通念により売買の目的を達することができる相当の期間内に売主が売買の目的たる権利の一部を権利者から取得して買主に移転できないこと等、取引通念上、買主に同条所定の代金減額請求権または解除権を行使させることを妥当とする程度の給付の障害があれば十分であると解すべきである。そして、《証拠省略》を総合すると、控訴人は、本件土地を被控訴人らに売渡した昭和四〇年五月八日から一〇年以上経過した後においても、他の共同相続人である訴外人らとの間に本件土地等相続財産の単独相続を主張して裁判上の抗争を続けていたため、訴外人らから本件土地の持分八分の七を取得してこれを被控訴人らに移転することができず、したがって、右訴訟が継続する間においては、被控訴人らは本件土地の権利関係不安定のためこれを利用しまたは処分するについて著しく制約された状態に置かれていたこと、しかも昭和五一年二月二六日には右訴訟において本件土地につき控訴人の単独相続の主張を排斥して控訴人及び訴外人ら計八名の共有であることを確認し、かつ右訴訟の相被告であった被控訴人らに対しては被控訴人らの所有権取得登記を控訴人の有する持分八分の一の被控訴人らに対する所有権移転の登記に更正することを命ずる第一審判決が言渡されたため、本件土地の買主である被控訴人らとしてはこれを単独相続したとする控訴人の主張に疑念を懐かざるをえない状態に追込まれたことが認められるから、右のような事情の下においては遅くとも右訴訟の第一審判決言渡のときまでには」と改め、同表一〇行目の次に行を改めて「控訴人は、控訴人主張の右訴訟に勝訴することにより、また万一敗訴したときは控訴人・訴外人ら間の将来の遺産分割協議により被控訴人らに対し本件土地所有権を確保させることは可能であるから、被控訴人らに対し完全なる本件土地所有権を取得させるべき控訴人の債務は未だ履行不能の状態にはないと主張するが、民法五六三条にいう不能とは絶対的不能の意ではなく取引上の通念によって決すべきものであることは右に説示したとおりであるから、右に認定した事実関係のもとにおいては、仮に控訴人主張のような事情があるからといって、これをもって履行不能の状態にあることを否定する根拠とはなしがたい。また控訴人が右に主張するところはいずれも将来の不確定的な要素によって左右される性質のものであるから、本件土地を被控訴人らに売渡した後一〇年以上経過したにもかかわらず、更に控訴人が主張する事態が到来するか否か確定するまで買主である被控訴人らを本件土地売買契約が全部有効であるとしてその完全なる拘束下に置くことは、買主にとって酷に過ぎるものというべきである。したがって、控訴人の右主張は採用できない。」を加え、同一〇枚目裏四行目「が認められるが」を「右出捐は、控訴人の履行不能により本件土地所有権の一部を取得できずに裁判上敗訴するという事態を回避するため、前訴第二審においてやむを得ず裁判上の和解をし、その和解に基づいて支出したものであるから、」と改める。
二 よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡辺忠之 裁判官 糟谷忠男 渡辺剛男)